2017年9月11日月曜日

高橋の余談と偏見・浜松の会タルフレンド研修会など

挨拶文は(写真の下に)二種類(他にも)あります。原則として、毎朝書き換えます。

現在使用しているメールは、Gメールだけです。ご了解ください。  takahashi.joseph515@gmail.com


以下は、臨時の愚痴や、つぶやきや、挨拶です。



2019年・令和元年

※・以下は、6月19日・水曜日の晴れの朝に書きました。さすがに明け方は涼しいです。
◎・新潟で、おおきな地震がありましたねぇ。私が、最初の大学にいた頃にも新潟で大きな地震があり、北大の獣医学部も揺れて、驚きました。二つ目の大学に行った時、新潟大学から来た学生がいて、その時の話しを聞きました。
◎・立っていられないくらいの揺れだったそうです。そんなに大きな揺れは、起震車でしか体験したことがないから、どれだけの被害が起こるのか分かりません。たいそうな被害が出るのでしょうね。被災された方にお見舞い申し上げます。
◎・地震の影響なのかどうか分かりませんが、我が家の黒猫マヤは、ほぼ同じ時間帯に暴走していました。私の身体を踏み台にしてジャンプしたり、廊下を走り抜けたり、階段をどたどたと上り下りしていました。
◎・大陸の中国の四川省でも大きな地震がありましたね。日本ではマグ二チューウド6.7で負傷者だけ。四川省の地震はマグニチュード6.0で死者13名だとか。日本の建物の方地震に強いのかなぁ。
◎・香港で逃亡犯条例に反対する香港市民の声が大きく、香港長官が、折れたらしいですね。大陸の中国に加わってよいことなんか何一つないですよ。香港市民は自由を選択したと思います。正解です。台湾も頑張っていますね。
◎・G20が大阪で行われています。その際、米中首脳会談が行われるとか。それは結構なことですが、大陸の中国や韓国はいくら約束しても守られることはないと思いますから、注意が必要です。ロシアも同様です。ロシアは、戦争終結後に攻めてきた国ですからね。
◎・我が家は、黒猫マヤのおかげで毎日快く過ごしていられます。私や同居人さんの顔をジッと見つめて、ニャ、とかニャン、とかニャャャァなどと鳴きます。鳴き声で、それぞれ要求が異なります。時には、声を出さずに口だけ動かします。
◎・どんな時も、可愛い黒猫マヤです。マヤとは血縁はないですが、生き物を大切にしたくなります。皆さんも、慕ってくる人(広い意味で生き物)を大切にしてくださいね。

※・以下は、6月18日曇りの朝に書きました。蒸し暑くなるということです。
◎・警察官がピストルを奪われました。重体の警察官はお気の毒です。犯人は精神障害者手帳2級の人だと報道されています。精神障害者2級の手帳を持っている人は、誤解されなければ良いのですがねぇ。たまたま手帳就労だっただけなんですがねぇ。
◎・引きこもりと言うとカリタス学園のバス停襲撃犯人と同一視されがちです。マスコミ報道では細心の注意を払って記事にして欲しいです。引きこもりが引き起こした理由にはなりません。重要なのは、その人の生い立ちだと思います。
◎・禿げ頭が犯人でしたなんて書かれたら、禿げの人は傷つきますよ。太っている人が殺人を犯しましたなんて書いたら、相撲取りなんかとても嫌な気持ちになると思いますよ。生い立ちや性質気質について触れるのは、ずっと後になってからが多いのです。
◎・軽薄なことは書かないで欲しいというのがマスコミ人たちへのお願いです。手帳にしても引きこもりにしても事件の本質とは無関係なんですよ。いずれにしても犯罪に巻き込まれた方には同情します。悪人の悪意をケアできる精神科医や心理関係者、頑張ろう。
◎・医学部の入試改善ができたらしく、女性の合格者が増えたということです。知的レベルだけの試験だと、女性が成績が良いのは前から気が付いていました。テストの仕方そのものを変えなければ、女性の医者ばかりになってしまいそうです。心配しています。
◎・日本のタンカーがホルムズ海峡で襲撃された件について、イランはいつまでも白を切るつもりなのでしょうね。私はイギリスの情報機関をかなり信用しています。アメリカの情報機関は、時々大きなミスを起こしてきましたからねぇ。
◎・トルコはアメリカの軍備品をたくさん持っているのに、今回ロシアから防空関係の軍備品を買う予定らしいですね。トルコの政治家たちは、どんな神経を持っているのかなあ。俺の盾はどんな武器も歯が立たない、俺の鉾はどんな盾も打ち砕くなんて矛盾です。
◎・車の暴走事件で被害者が続出しています。歳をとってきたら、車の運転を辞めた方が良いですよ。癲癇波が発見された方も車の運転はしない方が絶対に安全です。60代の女性の場合、意識が消失したというから、隠れ癲癇かもしれませんね。
◎・我が家の黒猫マヤは、暖かかった昨晩はずっと自分の居場所で寝ていました。今朝、冷えてきたら私の布団に潜り込んできました。マヤは自分の毛(毛皮)を取り外しできないから、気の毒に思います。

※・以下は、6月17日・月曜日の良く晴れた朝に書きました。
◎・昨晩、浜松から帰宅しました。疲れました。いまでも若くはないと感じた次第です。浜松に行く時の新幹線では、眠れると期待していたのですが、隣の女性二人がおしゃべりで、全く眠れませんでした。近くの人のことも考えて欲しいものです。
◎・浜松も、昨日は暑かったです。昨日の東京はもっと暑かったようです。今日も暑くなりそうです。暑いのは苦手です。空気が乾燥しているというから、まだ、ましかもしれません。高温多湿は、絶対に嫌ですが、梅雨になると仕方がないと諦めています。
◎・浜松で夕食に出た時、近くにいた男性たちが大声ではしゃいでいました。元気が良いのは構わないのですが、人の悪口は辞めて欲しいです。別の女性だけのグループは夫の悪口ばかり喋っていました。
◎・一部の父親は父親になれていないと思います。結婚して、妻に対して夫にはなっていても、父親になるための努力が足りないと思っています。子供が生まれたら夫であり父親にもならなければなりませんが、その両方の役割を果たせる男は少ないようです。
◎・結構横暴な男が多いのは、未だに男尊女卑の風潮が根強く残っているのですね…きっと。法律で男女平等とうたわれていますが、男性の攻撃性が突出しているようにも思えます。最近は、女性の攻撃性も大変気になりますけれども…。
◎・結婚しない男女が増えているのは、お互いに出会いも少ないし、相手に対して、特別な気持ちを抱き続けることも、苦労する時代なんだなぁと思えてきました。結婚してこんなに苦労するとは思わなかったという方が多くなりました。
◎・イラン沖で日本の船舶が攻撃されました。アメリカとイギリスがイランの仕業で証拠もあると言っていますが、イランは攻撃を認めていません。おそらくイランの現政権に反対する勢力の仕業なのでしょうね。宗教も一枚岩ではなさそうです。
◎・トランプだけの言い分だと、そんなに信用できないのですが、イギリスの言う事は、トランプの発言よりは信頼できます。CIAよりもイギリスの情報機関の方が優れているように思います。
◎・昨晩帰宅したら、我が家の黒猫マヤが階段から転げるように降りてきて、私の脚に組み付いてきました。お土産(シラス)を期待していたのでしょうか。急いで帰宅したので買うのを忘れてしまいました。今朝、これから買いに行ってマヤのご機嫌取りをします。
◎・浜松で買うシラスはマヤにとっては特別に美味しいらしいです。昨日は時間的余裕がなくて、新幹線に飛び乗るような状態でした。皆さんストレスが溜まっているためでしょうか、話しが長くなってしまいます。そんなこともあったくたびれました。
◎・夜中に目覚めた時、マヤが私の脚元に横になっていました。脚元が暖かいから目覚めたのですが、マヤは熟睡していました。今朝、朝食の支度をしていた時、私の脚に絡んできて「遊んでほしい」ようでした。今日は時間を作って遊んでやろうと思います。

※・以下は、6月15日・雨が降る土曜日の朝に書きました。寒いです。
◎・昨夜から雨が降っています。どうも大雨になるらしいです。東北地域は干ばつ気味だったから、東北方面でたくさん降るだけで良いのにナ。天気の神様を自由に操れたら人間ダメになりますか?なるでしょうね。
◎・今日は、浜松に行く日です。遠州地方の天候はどうなんでしょう。今日は、いつものホテルが満室でとれませんでした。駅にずっと近いホテルになりました。飲みに行くのには都合が良いのですがねぇ。随分、前には使ったことがあるホテルです。
◎・駅が近いから、猛スピードで走る新幹線の音が聞こえてきます。それで、新幹線から離れたホテルにしていたのですが、今回は、そちらのホテルは何かのイベントで、早くから満室だそうです。旅行会社が全館押さえてしまうらしいです。
◎・ホルムズ海峡で、日本の貨物船かタンカーかが、爆発物で攻撃されたらしいです。イランと日本が仲良くしてほしくない勢力の仕業なのかなぁ。日本の総理がイラン訪問の日に仕掛けてくるなんて失礼な奴らですね。
◎・イスラム圏の人たちのやることは、理解しきれません。戦乱状態が続いている国の人がやることも、平和な国、日本に住んでいる人にも理解できません。とにかく、世界から戦闘がなくなることを願っています。平和よ、早く来いです。
◎・そういう意味で、北朝鮮や大陸の中国やロシアが近くにあるというのは、とても落ち着かないです。さらに韓国が日本人の神経逆撫でするような言動をとるから、嫌韓意識が強くなる人も増えるのです。私もそうです。
◎・韓国の場合、戦後は、どれだけ日本に助けられてきたのか意識していないのかなぁ。
韓国こそ、北朝鮮や大陸の中国やロシアに警戒しなければならないのになぁ。そういう国から、当てにされていないから、日本にイラつくのかなぁ。
◎・個人的には、知り合いがいて、悪口を承知で書くのは嫌なのですが、なんで大衆は、煽る人間に靡いてしまうのかなぁ。残念な気持ちになります。
◎・我が家の黒猫マヤは、毎日餌をくれる人の言う事に靡いてしまいます。寝室のドアの入り口に佇んでいたから「おいで」と言ったら、走ってやってきました。盛岡に行っていて留守にしたし、昨日は横浜に行っていましたから寂しかったのかもしれません。
◎・今朝も、浜松に行く支度をしていたらカバンの中に入って荷造りの邪魔をしていました。階段でタックルされないように注意します。この家に置いていかれることを嫌がっています。同居人さんには、構ってあげるように頼んで行きます。

※・以下は、6月14日・金曜日の良く晴れた朝に書きました。
◎・盛岡に行ってきました。盛岡スコーレと言う名前の高校でカウンセリングの仕事をしてきました。今回は全部の枠が埋まっていてハードワークでした。盛岡スコーレと言う名前の高校は、あまり知られていない高校ですが一部の人たちには知られています。
◎・「生活即教育」と言うスローガン(羽仁素子さんの方針・友の会で有名)を掲げているキリスト教無教会派の高校です。最近は、盛岡県立高校の定員割れが始まっていますが、スコーレはそんなことはないようです。総合コースと調理師科があります。
◎・敷地内に事業部の「パタタ」というレストランがあります。一般の人たちの利用が多いレストンです。昼から夕刻までの営業です。毎回いただきますが、本当においしく感じます。健康的な配慮があるバランスが取れた料理です。パンも製造販売しています。
◎・私が行き始めたのは平成の初期でしたが、その頃は周囲は田圃でした。現在は一戸建て住宅地です。真新しい住宅がたくさんできています。当時私は岩手大学教育学部で臨床心理を担当していて、スコーレの教師たちが潜りで講義を聴いていたことがご縁でした。◎・盛岡は、盆地になっている地域です。昼間は暑くても明け方は寒いのです。今年は旱魃でどこも干からびているように見えました。スコーレには農園もあり、ジャガイモ、大豆、薩摩芋、里芋、トウモロコシ、その他の野菜を栽培していました。
◎・東京に戻ってきた時、家が詰まっていて、何となくせわしない気がしました。盛岡の人たちがノンビリしているのかもしれません。南部弁(盛岡地域の方言)はのんびりした雰囲気に聞こえます。他の東北弁と同じに私には聞こえます。
◎・東北新幹線に乗ると、どこからともなく聞こえてくる話声に東北弁が混ざっていて、雰囲気が良いです。なかなか真似ができない方言です。同じことは関西弁でも言えます。真似しても「ちゃう、ちゃう」と言われてしまいますが…。
◎・方言を真似するのも難しいですね。私は、仕方がないから、私弁で通してしまいます。標準語と言うよりも、東京弁です。東京にも方言があります。「ひ」と「し」の区別ができにくいのです。近くの人は100円を「しゃく円」と発音しています。
◎・獣医学部生の頃「このヒッポは…」と言った時、教授が「高橋、今なんて言った?」と突っ込んできました。本来は「しっぽ」なんですよね。私はずっと「ひっぽ」で通してきていました。
◎・「じゃん」も東京湾岸の方言です。羽田、横浜、辺りの人たちは、語尾に「じゃん」をつけます。静岡県の人たちは「ずら」「だに」をつけます。山梨県の人の中にも「じゃん」をつける人がいます。なんでだろうねぇ。
◎・我が家の黒猫マヤは、「にゃぁ」「みゃっ」「にゃん」です。猫にも方言があるのでしょうか。それとも飼い主の表情で反応しいるのでしょうか?



ホームページを開いてくださってありがとうございます。
 令和に改元後、一か月が経ちました。令和になったから特別良いことが起こったわけではなく、平成の時と似たような事件が相次いでいます。引きこもりと言う人々に対する誤解も生じかねない、事件があり、私としては、しばらくは臨床心理の仕事から離れられないような気がしています。
 10年間引きこもったという人に会った日に、その事件が起こりました。カリタス学園に通う人たちと保護者が襲われて多数の死傷者が出ました。引きこもりの人が犯人と言うことで報道されていました。報道関係者は引きこもりと言う状態と犯罪との因果関係を知らないで報道していると思います。引きこもりと今回の事件の関係はないと私は思っています。マスコミ関係の人は、もっと配慮をして欲しいものです。
 高齢者の交通事故が続いています。私は、車を持っていませんから、事故も起こしませんが、交通事故に遭う可能性はあります。高齢者は、ゆっくり運転してほしいです。ブレーキとアクセルを踏み間違える事故が多いのです。私は、ちょうど良い時期に、車をぶつけられて、車を失いました。生活するのに多少の不便はありますが、自分の脚で歩けば済まされることです。車をぶつけた人は中年の女性です。娘と話していて、私の車を見つけるのが遅れたそうです。怖いのは高齢者だけではないですよ。女性も怖いですよ。
 国際的にも、大陸の中国とアメリカの対立、イスラエルとアラブ諸国との対立、北朝鮮の暴政、ロシアの不透明な政策など、問題が多すぎます。
 皆さん、悩み過ぎて老けないようにしてください。悩んでも手の打ちようがない問題ばかりです。快適な社会が来ることに期待しましょう。
                                   高橋良臣。

原則的に、毎月第一日曜日は、渋谷でメンタルフレンド研修会です。
 1982年5月から実施しています。引きこもりの人々のために、元祖、および本家としてメンタルフレンドを派遣してきた人間としては、健康が続く限りは継続したいです。当初の教科書は「登校拒否のルーツ」有斐閣新書(絶版)でした。現在は「不登校・ひきこもりのカウンセリング・子どもの心に寄り添う」金子書房を教科書のように使っています。どうぞ、皆様も参加してください。

 下に年間テーマを書きました。

東京メンタルフレンド研修会:2017年4月~2018年3月 午後2時~4時
主催・登校拒否文化医学研究所。
協力・あずさ第一高校(渋谷高等学院)、家庭ケースワーク研究所。

 1982年5月から毎月一回実施している。不登校や引きこもりの人とかかわるための学びの会。山梨、浜松でも行っている。会場はあずさ第一高校からの無償提供。

参加者は、資料作りの関係で前日までに、必ず予約が必要です。
2019 年
 3月 3日 発達障害について。
 4月 7日 パーソナリティ障害について。
 5月 6日 睡眠障害について。
 6月 2日 引きこもりの危険性。
 7月 7日 性同一性障害について。
 8月 4日 いじめについて。
 9月 1日 親子関係について。
10月 6日 学習障害について。
11月 4日 注意欠陥多動障害について。
12月 1日 反抗挑戦障害について。
2020年
 1月 5日 適応障害について。
 2月 2日 対人関係の諸問題について。
 3月 1日 前象徴的不安について。

会 場
・JR渋谷駅南西口出る。左手の歩道橋渡り山手線外回り沿いの道を恵比寿方面に直進する。セブンイレブンがある角を右折、最初の角地にある建物、日本経済大学の前の建物。
会 費
・その年度の初回参加時に1000円。
 特別講演会は別途1000円。家族は1500円。大学生・大学院生500円。
常任講師
・高橋良臣・北海道大学獣医学部、日本ルーテル神学大学神学部・神学校組織神学専攻科など卒業・修了。臨床心理士、牧師、獣医師、認定ホースセラピスト。登校拒否文化医学研究所所長。(心の相談室、好文堂教室、生活体験会を運営)。保健所の専門相談、教育委員会の専任指導講師、私立高校スクールカウンセラー。(学)野田鎌田学園監事。(学)愛泉会監事。キリスト教メンタルケアセンター心理相談担当。
 1972年5月から現在まで不登校の子どもとかかわり生活をともにしている。全国に親の会を設立して講師として協力している。ホースセラピスト養成をしている。外国政府の不登校引きこもり対策に協力している。
 メンタルフレンド研修会は、著書の内「不登校・引きこもりのカウンセリング子どもの心に寄り添う」金子書房を参考書にしている。過去の教科書は「登校拒否のルーツ」有斐閣新書・高橋著。
その他の予定講師候補・信頼しあえるカウンセラーを探す会のメンバー。
問合せ、予約・03-3739-1455。 当日のみ080-5653-4059


2017年8月21日月曜日

ご挨拶

 令和になってひと月が経ちました。もう六月です。暑くなりすぎたり寒くなりすぎたり、健康維持に苦心しています。
 高校の同級会があります。参加者が多数いるみたいです。私は、公的な用事があり参加できません。皆さんは、退職して、悠々自適な生活をしているようです。私には退職と言う言葉がありません。強いて言えば引退と言う言葉で退職することになるのでしょうか。生涯現役のつもりでいます。
 今回、心理臨床学会で行われるシンポジウムの指定討論者になっています。用いて下さる人たちがいることは、嬉しいことです。キリスト教メンタルケアセンターも用いて下さっています。でも、年齢制限があるようで、いつかは、泣く泣く引退せざるを得ないのです。引退とか、定年というのは残念な制度ですね。
 私は、我が家の黒猫マヤの生涯の相棒です。そのようなことで満足していた方が良いのかもしれません。マヤだけは、私を見捨てて出ていくようなことはしません。本当にいい奴です。猫なのに、何か訴えたい時には、私の顔をジッと見つめて唇を動かすのです。こんな猫は初めて見ました。マヤと私とで、どちらが長生きするか気にしています。
 六月半ばになりましたら、更新します。どうぞ皆様お元気でお過ごしください。
                                   高橋良臣

木蓮の花

2014年12月25日木曜日

登文医研たより 956  病態レベルが高い(悪い)不登校について
144-0055大田区仲六郷3-11-6 登校拒否文化医学研究所 高橋良臣 ℡03-3739-1455
takahashi@as.email.ne.jp  HPは研究所名か高橋良臣で検索可能  Fax03-3739-1422
はじめに以下の文章は理解しやすくするために汎用語を用いる。一部差別用語と勘違しないで欲しい。
 「不登校(引きこもり)は病理性がない」と言う条件が入っている。実際に、病理性がない子供(成人も含めて)がいるのだろうか? 病気と言うほどではないにしても、その特性があることで、日常生活に大きな負担を抱え、苦労している人々は多いと思う。
 不登校や引きこもりの人々の中で、登校できなかったり引きこもりの期間が長引いたりする人々の多くは、恒常的に社会参加している人々と比較すると、本人にとっては、どこかに不都合な特性が存在している。
 たとえば、作業がのろいけれど、世間の社会的常識からはそれほど外れてはいない人の場合でも、慢性的に心に負担を感じる人はいる。他にも重圧がかかって、不登校になり、自分ののろさに挫折を感じていたり、のろさの改善が出来なかったりしたら、不登校期間は長引くことになる。のろさは、多くの場合、その子供の生来の性質気質と連動しているから、急にスピーディな状態に改善されるとは限らない。また、ノロマだから日常生活に支障が出ると言う話を聞いた事がない。その人のペースで生活はできているはずだ。
 運動神経が良くない子供の場合も、学校生活はかなり負担の連続になる。不登校をしたからと言って、その子供の運動神経が急に発達するわけではないから、不登校期間は長引く可能性が高くなる。もちろん、運動神経が良くない人が、その問題で日常生活が送れなくなると言う話は聞いた事がない。運動神経の悪さくらいでは病気とは言えない。
 手先が不器用な子供も、様々な場面で目立ってしまう。注目を集める内容が本人の出来が悪い部分となると、同様に不登校に繋がる可能性が高い。前記と同様に不登校をしたからと言っても、不器用さは簡単に改善されるものではないから、不登校期間は長引く可能性が高い。手先が不器用なために、日常生活を送れなくなった人もいない。しかし、学齢期が終わるまでは、家から出てこなくなることは十分にありえる。
 最も気になるのは「口下手」「無口」「寡黙」な人々である。当然、対人関係は少なく、対人関係の伸展もあまり見られない。他者との関係では、相手との親密感を獲得できていない人が多い。不登校になる子供の多くは、このような状態にあるが、口下手や無口や寡黙でも日常生活を送ることはできている。ただし、不登校になったからと言っても口下手や無口や寡黙が改善されるとは限らないから、不登校が長引く可能性は高い。
 行動がのろい、運動神経が悪い、手先が不器用、言葉遣いが少ない、対人関係が少ないなどは、病気とは言い切れないが、不登校や引きこもりとの合わせ業(わざ)によって、限りなく病態性が悪くなってしまう。
 不登校になって学校を休むことで、改善されるとしたら、一過性の疲労やいじめによる痛手程度であろう。疲労は休息により改善される場合が多い。いじめられた子供は、いじめる子供がいない世界では十分な寛ぎと慰めを得られる。
それでも、他の人々と顔合わせしなくなることで、精神的な伸展は遅れがちになるが、病的な状態とは言えない。
仮にこだわりが強い子供なら、他者とかかわらなくなることで、そのこだわりを改善する機会は減少し、さらに強いこだわりとなる。強迫神経症となる可能性も起こってくる。
何らかの恐怖がある場合も、人と会わなくなることで強迫的な状態に陥る可能性が高くなる。不登校になって人々と関わらなくなることで起る反応である。
特定の科目が苦手で不登校になった子供の場合、その科目については後天的な学習障害のような様相を呈する場合もある。しばしば、英語と数学にその傾向が見られる。科目が苦手であると言うよりは、担当教師が苦手と言う事が真実らしい。
1・不登校になると、病態は明確化する。
 我々は、恒常的に他種多彩な複数の人々と出会い、自分の特性の内、社会性に欠けている部分の修正をしながら生活を送っている。修正や気付きや創造性や獲得と言う出来事は、多種多彩な人々との係わり合いで実現する
不登校生活は、前記のように健康的に社会生活を送っている人と比較すると、極めて不健康な生活になる。不登校になった結果、作り出される不健康状態は数限りない。
①・自分が抱えている問題に気付かない。自己洞察力が低下する。②・自己修正がしにくくなる。自分を変えようとせず、他者を変えようとする。③・自分が内包している問題は一層病理性を帯びてくる。閉鎖的な生活により悪循環する。④・彼らの多くは、日常生活を蔑ろにしているから、現実的な創造性に乏しくなる。もちろん創造性の乏しさには気付かない。⑤・不登校になるとほとんどの子供は身体活動をしなくなる。⑥・生理的なリズムが混乱してくるから日常生活が不規則になる。⑦・夜の睡眠がうまく出来なくなり、ズレ睡眠が続く。昼間にうとうと睡眠をする子供もいる。一回の睡眠時間は細切れ状態になり、スッキリした目覚めは期待できなくなる。⑧・外出の機会が極端に減少し、外部の人々への対人回避傾向が強くなる。家庭内においても、父親や社会参加している同胞を回避する傾向が強くなる。⑨・テレビ、マンガ、ゲーム、パソコンに依存した生活になる。人間性が希薄な道具や器具や機械への依存が激しくなりIT依存状態に陥る。⑩・一緒にいる事が多い母親への依存が強くなる。母親を家政婦代わりにしたり、恋人代わりにしたり、ツレ代わりにする傾向がある。⑪・母親依存する子供の多くは、全般的に退行している。⑫・身体の活動は極端に減少し、一気に老化現象の道を辿る。⑬・不登校状態が長引く子供の身体機能のうち、心肺機能は極端に低下する。後期高齢者なみの機能にまで落ち込む。⑭・会話と対人関係も極端に減少し、知的な活動は停滞するか退化する。⑮・まとまった文章を読む力は低下し、文章の読解力は著しく低下する。⑯・彼らの多くは、「勉強に集中できなくなった」「問題に取り組めなくなった」「考えがまとまらなくなった」等々と言って、困惑する。学習性無気力状態に陥る。⑰・精神的な活動も矮小化する。自分の進路や将来にかかわる現実に対する検討を回避している。自分自身の現実的な問題に取り組まず、自分には直接関係ない問題や出来事に対する批判や論評に視点を向ける傾向が強くなる。隣の人に対する気配りや仲間に対する発言などは、ほとんど見られない。⑱・精神的な活動と言えるかどうか、明確には言いがたいが、観念論的な理想論や宗教などには興味や関心を向ける。しかし、その理想論や宗教論が、その子供の精神的な成長に繋がるかどうかは、その子供とかかわる相手次第となる。
おおよそ、以上のような経緯で、不登校状態が長引けば、それだけで何らかの異変が子供の心身には起こる。実際に、不登校になるからには、学校へは行きたくない現実(出来事)が起っていて、精神的な行き詰まりと身体的な息詰まりが起り、全生活において停滞が起っているわけである。それが前記のようなものとして現れる。
子供の場合でも、日常生活で停滞が起れば、その子供の弱い部分や劣化している部分の落ち込みは一層ひどいものになる。成人の場合でも同様だが、使わない機能は一層萎縮する「無用性萎縮」現象が起る。不登校の子供は、対人関係で気を遣うことなく、家庭内で好き勝手をしていたわけだから、対人関係の気遣いはかなり強い無用性萎縮を起こしている可能性がある。外部では一時的に神経を遣って過すことはできても、長期間の気遣いはできない。しまいには、ブチ切れて、家庭内乱暴、家庭内暴力に及ぶ場合が多くなる。
一般的には、不登校に至った負荷(圧迫)の強い出来事(重圧)による反応が肥大化して、全生活領域に悪影響を及ぼしてくる。
不登校児童・生徒、引きこもりの人々の病態レベルは、総合的な経過から見ていかなければ、病績学で言う所の病態が、どうのこうのとは言えないであろう。
2・不登校期間が長くなれば、病態は悪化する。
 不登校生活や引きこもり生活が長引くことで、病理性が露わになってきた子供や人々は、その後にも続く不登校や引きこもりで、その病理性は悪化する傾向がある。
病理性が悪化すれば、不登校も引きこもりも、文部科学省や厚生労働省が言う、「病理性がない状態」からどんどん離れていく。
不登校や引きこもり状態が長引けば「はじめに」の項でも触れたが、神経症(恐怖症も含む)や精神疾患傾向が露わになる。依存症レベルにも到達する子供もいる。
IT機器の普及でIT漬けとなり、子供たちはIT危機に異常に接近してしまう傾向が強くなる。幼稚で単純で社会経験が少ない人ほどIT依存傾向は強くなる。大人なら、アルコール依存や薬物依存や性依存となる状態と酷似している。現実の社会をみると、大人(親)でも子供と同様にIT依存に陥る人々がいる。
「先生、ご飯食べに行ってもいい?」と携帯電話で問合せしてきたのは小学5年生の子供である。「どうしたの?」、「ママがゲームに夢中になっていて、朝からご飯作ってくれないの…」、「それは困ったなぁ…。ママにはチェリーの家に行くと書置きしておいで」と伝えて、我が家で食事を摂った。このママは完全にIT依存で、過去には薬物依存もあった人である。父親は、未だにアルコール依存であり、妻(子供の母親)へのDVもあり、子供の生活をみる親はいなかった。ひどい話だが、そのような家族もある。
この親たちも学齢期には、長期間の不登校傾向があったと言う。話を訊くと知的レベルにも問題を感じたし、対人関係にも伸展はほとんどなく、精神的には極めて幼稚な人たちだった。この親たちは、社会参加もスムーズには出来にくかったと思われる。この親たちに育てられていた子供も、小学3年生から不登校状態にあり、関係者が連携してかかわっている。生活の面倒を見る人は私しかいないから、私の所に支援を求めてきた。
このような観点から、観察していくと、最初から病態レベルが悪い不登校や引きこもりの子供はいないのではないか? 病態レベルの悪さや病理性の悪さは、後発的に関係や環境や状況によって創られているように、私は考えられる。
最初から病理性や病態レベルが悪ければ、その病気は特定されて、医療の治療システムに乗せられるから、けっこう、先読みが出来る。
不登校や引きこもり状態に陥った時、あるいは、その直前までの状態が、健全であれば、なかなか、病理性や病態性は発見されにくく、かかわりに手間取ってしまう場合もある。手間取っている間に、病理性や病態性があからさまになってくる場合もある。
もしかしたら、正常な人であると思われる人々の心の底にも、その病理性や病態性は、表面化しないままに、潜んでいるのかもしれない。
我々の心の底には、本人が知らない病理性や病態性がかなり潜んでいる可能性はある。深層心理家や精神分析家によれば、その可能性は十分にありえることになる。我々は、社会参加して、自己が内包している病理性や病態性を上手に鎮めている可能性もある。
小説家や文学者たちは、そのように人間の精神の奥底に潜んでいる心模様をうまく描写している。我々は、小説や文学を読んだ時に、作者の描写した内容と同じような意識があることに、ふと気が付く場合もある。
不登校や引きこもりになった結果、生活が単純反復状態に陥れば、多くの人々は自分の人間としての機能を持て余すことになる。
自分の機能や能力を持て余していると自覚できる人は、何とかしようとして、心の健康度を維持できるだろう。気がつかない人は、単純反復生活によって、1の項で述べた①から⑱(もっと多くあると思う)に記したように、様々な反応に苦しみ困惑する。
単純反復生活の連続が続くと、人間は抑うつ的な状態に陥るし、強迫的な状態にもなり得ることは、良く知られている(実験心理学の人々の業績)。
不登校や引きこもり生活が、その人の特性を劣化し、社会性を失わせ、精神的なレベルを悪化させることで、病理性や病態レベルの悪化が起る。注意したい。
3・言葉遣いと対人関係の成長
 不登校や引きこもりを長引かせることは、一般的には好ましくない。その子供の不登校や引きこもりになる経緯をみると、その子供にとっては、必要な不登校や引きこもりもある。不登校や引きこもりをすることによって、心の構造の破壊を免れたり、身体的な休息を取ることができたり、自分が所属する社会を冷静に見直す事が出来たり、家族関係の再構築が出来たりする場合も少なからずある。健全な防衛的不登校もあると言うことだ。しかし、その子供の成長にとってプラスになるような不登校は圧倒的に少ない。
 いつも時間に追われた生活をしている私には、しばしば落ち度が浮かび上がってくる。本当はゆとりが必要なのだが、社会拒否でもしない限り、時間的なゆとりはできない。
私は、子供達の食事を最優先しているものの、締め切りが迫った原稿を書いていると、食事のことを忘れてしまう場合がある。お釜のご飯がないのに気付かない場合もあった。いざ、食事にしようとお釜の蓋を開けて愕然としたこともあった。
特に、日程調節では、しばしばダブルブッキングがあり、あとから担当者に修正をお願いする始末である。相手の希望に沿うように過密な日程を組んでしまうからだ。恐らく、不登校や引きこもりになる子供達にも似たような傾向はあったものと思われる。
我々は、身近にいる人々と、いつも言葉を交わしていたい。全てを1人きりで遣りこなしてしまうよりは、身近にいる人々と、言葉を交わしながら共同作業をするように心がけたい。共同作業をするからには、常に言葉かけが必要である。私の場合、私の家にいる大人は私一人である。どうしても1人で作業を片付けてしまう傾向がある。本当は、周囲にいる子供も巻き込んで、言葉を交わしながら家事を遣れば、もっと良いと思っている。
言葉かけは、語彙数が豊かであればあるほど、相手に自分の気持ちを伝えやすくなる。語彙数が多いだけでなく、遣われている言葉の理解や解釈の仕方が豊かでなければ、単なる記号や信号のような味気ない言葉になる。
我々が用いる言葉には情感が含まれている。その情感を伝えるのに多彩で多様な言葉の言い回しができなければならない。多彩で多様な言葉遣いで、自分の気持ちを伝え、相手が遣う言葉をふくよかに理解し解釈が出来れば、対人関係は豊かな方向に伸展する。それが、自己の精神の成長に繋がる。
「はじめに」の項で述べた、口下手、無口、寡黙な人々の場合、彼らの相手理解は、どの程度なのか掴みようもない。どこまで信頼関係ができているのか分らない。こちらは信頼しているつもりなのだが、相手がこちらを信頼しているかどうかが分らない場合、そこには不信感が漂い(滲み)出てくる。
不登校や引きこもりになっていく子供たちの場合、確実に口下手で無口で寡黙な傾向がある。語彙数が少ないわけではない。アスペルガー症候群の子供達のように、対人関係が極端に悪いわけではない。言葉の遣い回しがうまく出来ない。相手から出てきた言葉については、遣われる時と場合によって意味は異なるはずだが、そのように融通がきく理解や解釈が手際よく出来ない。これは、対人関係を豊かに獲得していくためには不利である。
不登校や引きこもりの子供達の言葉に対する理解や解釈は、極めて直線的である。真っ正直であり、素直すぎであり、ゆとりや余裕がない理解や解釈をする。言葉を遣った相手は、不登校や引きこもりの子供の、そのような態度を見て、窮屈さを感じる。内心「気持が通じないなぁ」、「どのように伝えたら分ってもらえるかなぁ」等々と困惑し悩む。
不登校や引きこもりの子供たちは知的には遅れはないと言われている。精神的にも障害はないと言われている。しかし、言葉の遣い回しとか言葉のふくよかな意味とか解釈の経験は極めて乏しい。せっかく周囲の人々と会話の体験をしても、経験として心に積み重ねる事ができていない。体験を経験として心に積み重ねる事が出来ない理由には予期不安や前象徴的不安が強いことに関係していると、私は考えている。
不登校や引きこもりの子供たちは、口下手で無口で寡黙だから、対人関係に、はかばかしい伸展が見られない傾向がある。対人関係の伸展が思わしくないから、言葉を相互に交わす体験が少なかったのだろう。言葉を使う機会が少なければ、言葉の遣り取りから得られる社会的経験の不足が起る。不登校や引きこもりの子供たちが同世代の子供たちと比較して未熟に見えてしまうことは、この様な出来事に由来している(と私は考えている)。
4・不登校や引きこもりの子供の病理性や病態性とは
 彼らの多くは、予期不安や前象徴的不安が日常生活の中で先行している。まだ、起ってもいないことに不安を感じる。形骸化していない不安に苦悩する。ひどい場合には不安神経症のような事態に陥る。小学生低学年の子供なら「ママ、買物に行かないでよッ!」と言って、母親(家族)が日常生活にも困るほど、母親から離れられなくなる。
 食前やトイレ後には手を洗うが、いつまでも手に黴菌が付着していて奇麗にならないような不安があり、何十分でも手洗いを続ける子供もいる(もちろん大人もいる)。恐らく不潔恐怖にもなっているのだろう。こだわりが強すぎる子供にはありがちな不安である。
 誰かに見られていると思う子供とか、人の目が気になる子供も少なくない。彼らの多くは「誰からも変な目で見られたくない」と言う強い思いに支配されている。特別に身近な人々には変な目で見られたくない気持ちは分る。しかし、誰からもとか道ですれ違う人からも変な目で見られるのを嫌がり外出できなくなるのは、病的である。
身近な人であっても、相手がどのように思うか等は、自分の意思でコントロールできない。相手がどう思うかは、相手に任せて置けばよい。相手の気持ちまで自分の思う通りにしたいと言う見当違いをしている子供が不安を強くしている。自分は自分で最良の状態でいる人々が多いはずである。相手がどのように思おうと自分は自分である。
不登校や引きこもりの子供は、恥を絶対にかきたくないと強く意識しすぎている。自分の言動が恥となるかどうかは、自分の意識次第である。自分の間違いや失敗などを目撃した人々は、自分を軽蔑し愚か者であると思うに違いないと強い不安を常に抱いている。
「とにかく早い者勝ち」、「人を押しのけてでも獲得した者が偉い」等々と言う露骨な精神を持っている者にとって、恥などと言う高尚な精神はないに等しい。恥は性成長期に強くなる大人としての基本精神である。日本人に特有な恥は、日本の精神文化であるが、恥が不安と連結すると病的になる。そのような不登校や引きこもりの子供が多い。

日常生活が恒常性を失う場合、一般的には慢性疾患があると考えられている。慢性疾患がある場合、甲状腺ホルモンの一部、副腎皮質ホルモン、成長ホルモンなどの分泌異常が見られる。事実、不安が強い不登校や引きこもりの子供達の過半数にも、そのような病的な内分泌異常はあったが、たいがいは一過性であった(高橋らの調査)。しかし、実際に不登校や引きこもりになる子供達の中には、膠原病や慢性腎疾患や肝疾患にかかっている子供もいた。不登校や引きこもりであっても、病理鑑定は確実に実施してもらいたい。

2014年3月26日水曜日

登文医研たより 954  優しい眼差し、

 「登文医研たより」は、親や教師やメンタルフレンドのために書いているものです。
 日常的に社会参加していない人、当事者は読まない方が良い場合が多々あります。なるべく読まないで下さい。

以下の「登文医研たより」は3月26日朝に更新しました。

2014年3月12日水曜日

登文医研たより 953  欠点ばかりを見つける子供(人)

以下の「登文医研たより」は3月12日朝に更新しました。1日、遅れました。ごめんなさい。

2014年3月1日土曜日

登文医研たより 952 ネット依存の人々

 「登文医研たより」は、親や教師やメンタルフレンドのために書いているものです。
 日常的に社会参加していない人、当事者は読まない方が良い場合が多々あります。なるべく読まないで下さい。


以下の「登文医研たより」は3月1日午前8時過ぎに更新しました。