2017年9月11日月曜日

高橋の余談と偏見・浜松の会・メンタルフレンド研修会など

挨拶文は(写真の下に)二種類(他にも)あります。原則として、毎朝書き換えます。

現在使用しているメールは、Gメールだけです。ご了解ください。  takahashi.joseph515@gmail.com


以下は、臨時の愚痴や、つぶやきや、挨拶です。



2018年・平成30年

※・以下は、8月16日・木曜日の良く晴れた朝に書きました。暑くなりそう…。
◎・昨晩は近くの六郷土手であった花火大会に行ってきました。花火は奇麗でした。人の心はむごいと思った夕でした。本当に、一人で行けばよかったと思っています。イヤなことを書いていますね。私も人間だから心が傷つくこともあります。
◎・最寄り駅は、京浜急行の雑色駅です。花火大会があったのは、隣駅の六郷土手という駅が下車駅になります。人から聞いた話しですが、ものすごく混雑して大変だということでした。明人気がある神社仏閣の初詣みたいらしい。
◎・花火師さんたちは、大変な作業をしているのでしょうね。暑い昼間から、多摩川の河川敷で、準備は大変だったと思います。
◎・78歳の老人?青年のような老人が、行方不明になっている2歳の子供を発見したと言うニュースを見ました。魚屋さんを息子に譲って、ご本人はボランティアに生き甲斐を見つけたらしいです。とても素敵な年寄りに見えました。
◎・小金井市の小学校教師が郊外学習で水筒を忘れた子供に、水を分け与えなかったという記事が都内版に出ていました。教師の資格なしです。仮に水筒を忘れたとしても水を分け与えるのが教師ではないのかなぁ。しかも子供が何も言わなかったからだって!
◎・私が小学生のころ、遠足に行ったとき、教師は「はい、ここで少し休憩するから水を飲みなさい」と言っていたのを記憶しています。教師なら、それくらいの配慮は必要でしょう。そんなこともできない教師はもう一度学びなおしてほしいな!
◎・昨日は、73回目の終戦記念日でした。7月14日に小田原などを空襲したと聞きました。酷いと思いませんか? アメリカ軍には15日には日本が全面降伏することは知られていたと思うのですがねぇ。どこの軍隊にも愚か者はいるのですね。
◎・私は、学校で行った終戦記念行事以外には行ったことがありません。靖国神社に行ったことがありません。そういう行為で、慰霊になるとは思ってもいません。クリスチャンだからかなぁ。キリスト教は、もっと真剣に平和と向き合ってほしいなッ!
◎・イタリアで橋が崩落して多数の死者が出たという記事がありました。どこの国でも危険な橋はあるのですね。土木屋さんは、しっかりした橋を架けて下さいね。そういえば、戦場に架ける橋なんていう映画がありました。平和の架け橋になればなぁ~。
◎・東南アジア地域は河川がたくさんあって、洪水のたびに橋が流されて住民は生活に困難を感じているらしいです。そういうところに手抜きをしない土木屋さんが橋をプレゼントしたら、皆さんとても喜ぶと思いますよ。

※・以下は、8月15日・水曜日の午後3時頃に書きました。
◎・パソコンが使えず、更新できませんでした。失礼しました。
◎・連日の暑さに私もかなりくたびれています。時々、一人暮らしの高齢者の不安を感じるこの頃です。
◎・我が家に黒猫マヤがいなかったら、私は、完全にボケ老人になっていたと思います。朝晩、マヤが、私をからかいに来たり、餌をねだりに来てくれることで、ボケ防止になっているような気がします。
◎・私に元気がない時には、私の口の臭いを嗅ぎに来るマヤです。仕方がな手から口を開けてあげると臭いを買いで安心するとどこかに消えます。
◎・このパソコンが使えなくなっている間、阿波踊りのトラブルがあったようですね。市長と振興会の人とのトラブル。見ていて気持ちが良いものだはないです。総踊りを強行した振興会の人々を支持します。よくやった!
◎・市長の言い分は、市民感情を逆なでするものでしかないですね。そんな人が市長なんですか? 私は徳島県のお招きで講演に行ったとき、川が洪水で氾濫してしまいましたが、県が出してくれたモーターボートで県庁に行き、講演を無事に済ませました。
◎・当時の県知事は誰か分かりませんが、柔軟に対応してくれたあ嬉しかったです。そういえば、あのころ、鹿児島でも洪水に遭遇しました。
◎・最近は、自然災害も私には親切になってきたような気がします。
◎・「精神障害者の雇用拡大へ」という新聞の見出しが気になりました。大いに拡大してほしいものです。雇わない企業にはペナルティを与えて欲しいなぁ。私の周囲には、精神障害者が多くいます。不利益を被っている人がたくさんいます。改善してほしいなッ!
◎・道徳教育の評価に苦慮しているという記事を読みました。道徳教育を学校教育に持ち込むこと自体、とても違和感があります。それは、日常のクラス運営や家庭教育で行うべきことではありませんか? 点数なんか付けられるわけがない。
◎・今日の夜、近くの六郷土手で花火大会があります。昔は家の窓からも見えたのですが、高層マンションができたので、今は音しか聞こえません。
◎・花火大会に行くと、たまに同級生と会うことがあります。近所に住んでいる同級生とはいつでも会えるから、花火大会でもないと会えないというのは変かなぁ。
◎・今度の土曜日曜に行く浜松往復の切符を買いに行きました。予定便の切符は売り切れでした。困りました。自由正義行こうかなぁ~。なんで夏休みなのに混むのかなぁ。

※・以下は、8月13日・月曜日の朝に書きました。太陽が出ています。
◎・まだ暑い日が続くようです。世間ではお盆休みということで、帰省ラッシュが大変そうです。東京が実家という人間にとっては、ピンとこない出来事です。
◎・そういえば、同居人さんも祖母様の何回忌とかで、実家に行っています。私は、一人っ子で、父母のお墓参り以外には仏教行事からは遠ざかっています。しかも、キリスト教だから、いつでも必要があれば墓地には献花に行きます。
◎・我が家の黒猫マヤの父母は、横浜にいるはずです。母親はともかくとして、父親は分かりません。動物の場合、最近の場合、犬も猫も血統を大切に売買されているようです。
◎・私も子供の頃、母の実家がある静岡県の原町にお盆のたびに行っていたような気がします。シラスが美味しいという印象があります。私の魚好きはその頃かららしい。松蔭時に墓参りに行ったり、海岸で遊んだ記憶があります。
◎・その後、いとこ達とは縁遠くなり、父母が亡くなってからは行き来がなくなってしまいました。親戚付き合いってそんなものかなぁ。私の付き合いが淡白すぎるのかなぁ。そういえば、息子も娘も来ませんから、私の人当たりが悪いのかもしれません。猛省!
◎・昨日は、飲酒しませんでした。本を読んでいたら眠くなるだろうと確信していたのに、かえって眼が冴えてしまい、ほとんど眠れませんでした。もう、あまり睡眠をとらなくてもいい年になったのかなぁ。
◎・私は、人に対する好き嫌いが激しいのかもしれません。例えば嫌いなキャスターが出ているテレビ番組はすぐに変えてしまいます。その男は、自分のおしゃべりに夢中になりすぎて、お客様の話しをあまり聞きません。キャスターは聞き役になって欲しいなぁ。
◎・嫌いなタレントが出てくると、すぐにチャンネルを変えます。尊大で偉ぶっていて、業界の大物ぶっている役者は苦手です。その存在だけで観たくなくなります。
◎・政治家でトランプくらいにまでひどくなると、お笑い芸人程度に眺めていることはできます。ガチンコ勝負は、EUの閣僚の発言くらいかな? あとは北欧の政治家たちの発言。イギリスも面白そうです。面白くないのはロシアと大陸の中国の政治家たちです。
◎・メキシコでは麻薬取引が盛んらしいですね。軍隊や警察とのぶつかりは、民主国家とは思えないほど激しいですね。
◎・カンボジアという国、日本びいきなのかな?。オリンピックのマラソンに猫さんを出そうとしたり、今回はサッカーでは本田圭佑さんを監督にしたり、ありがたい国なのかもしれません。私としては、隣の国の現在のベトナムの政治家を尊敬しています。
◎・ベトナムの人たちも日本びいきですね。アジアで日本びいきの国があるなどと言われると嬉しくなります。どうも韓国は信用できない国です。近いのに厭味ったらしい国です。政治家は政治家でいるために反日感情を煽っているような気がします。
◎・一時期の日本の左翼が、反米感情を煽り勢力を増していったのと似ています。そんな政治的な判断で、発言されても一般人は困ります。人間としてという部分が欠落している政治家が多くなったのかもしれません。
◎・今朝は、起きるのにぐずぐずしていたら、マヤが私の鼻の頭を舐めに来ました。手先を舐めていたのに鼻の頭になったのは何か用事があったからです。行って観たら、マヤのエサ皿は空っぽになっていました。

※・以下は8月12日・日曜日の朝に書きました。曇っています。夜中は雨でした。
◎・昨晩は、4人が集まって持ち寄りの懇親会を行いました。たくさん持ち寄ってくれたので、食べきれませんでした。私が作った炊き込みご飯は手つかずで、残ってしまいました。今朝は、パンではなく、炊き込みご飯で朝食をとりました。
◎・そのほかのオカズもたくさん残っています。暫くは何も作らなくても食べ物はあります。何日かかけて食べつくさなければなりません。贅沢な話しですね。
◎・そういえば、我が家の黒猫マヤが今朝は現れません。遅くまでワイワイやっていたから、マヤはゆっくり休めなかったのかなぁ。珍しいことです。私が、自分の部屋に戻った時には、マヤは私の布団の上に寝そべっていました。
◎・今日は日本航空のジャンボ機が御巣鷹山に墜落した日ですね。山梨で生活体験会をしていた私たちは、普段とは違う航路で飛行機がフラフラ飛んでいくのを見ていました。それが墜落した飛行機でした。坂本九が亡くなったことで強く印象に残っています。
◎・医学部で入試の際に男女差をつけていたらしいという報道を読みました。酷い話ですね。私は、そんな差別をしているはずはないと思っていました。かつて、某大学の入試の点数を付けたことがありますが、男女差を付けるなんて考えられませんでした。
◎・北朝鮮に入った日本人が拘束されたという新聞記事を読みました。なんであんな国に行くの?映像関係の人らしいけれど、絶対に行くべきではないよ。よほど常識がない人なんだね。呆れるばかりの人もいるもんだ。
◎・危険な国だという認識がなかったのかなぁ。私なら、絶対に行きません。大陸の中国と同様に危険な国です。近ごろ香港も危険になってきたように思います。危険な国はイスラム国ばかりではないです。トルコだって怪しくなっていますよ。
◎・危険な国には行かない。私は、心にそう決めています。自分を大切にできない人は、外国に行っても、その国の人を大切にはできないのではないかなぁ。
◎・我が家の黒猫マヤは、実にていねいに自分の毛の手入れをしています。時間さえあれば舐めています。そして、退屈すると私の手を舐めたり額を舐めたりします。多分、我が家の黒猫マヤは、私も大切にしてくれているのだと思います。

※・以下は、8月11日・土曜日の朝に書きました。太陽が照っています。
◎・今日も暑くなるのかなぁ。暑いのは、日本だけではないとニュースでみました。国際的に暑くなっているらしいですね。
◎・読売新聞で、引きこもりの記事を読みました。引きこもり専門相談を担当していて、新聞記事はやはり表面的すぎるなぁと感じた次第です。彼らの核心に元から抑うつ的な部分があることが抜けていました。後付けで鬱になるのではないですよ。
◎・新聞記事には限られたスペースしかないから仕方がないのかなぁ。本と違って、新聞記事は限られた文字数で書くからねぇ。引きこもりの記事を書くなら、もっと専門家の意見も取材したらよかったのになぁ。
◎・群馬県の山中に防災ヘリが墜落したというニスですが、最近、防災ヘリの事故が多いと思うのですが、私の記憶違いかなぁ。大切な任務を負っているのだから、気を付けて欲しいなッ。気を付けていても起こるのが事故なんですね。
◎・私も気を付けないと、転落事故を起こしそうになります。我が家の黒猫マヤが私の脚にタックルを仕掛けるのです。たいがい階段を下るときにします。最近1週間では4回タックルされました。マヤを蹴飛ばしたくなりますが、空振りに終わることが多いのです。
◎・マヤは私の脚に絡んで何が面白いのかなぁ。全くヒョウキンな猫です。寝るにしても、一度私のオデコを舐めてみたり、指先を甘噛みしたりしてからゴロリと横になります。人間みたいにすぐに深い眠りに入ります。時々寝言も言います。
◎・中国では、クマの「ぷーさん」が検閲で引っかかったという話しがニュースになりました。習の批判に使われたからだというけど、ホント? 大陸の中国の小心者たちのなせる業かぁ~。仕方がないなぁ~。というか情けないなぁ。
◎・トルコでアメリカ人牧師が拘束された件で、アメリカが関税を2倍にしたという記事がありました。トルコがねぇ~。イスラム圏の中では比較的穏健派だと思っていたのですが、エルドアンという男は、凶暴なのかなぁ、それとも牧師の言動が悪かったのかなぁ。
◎・私も牧師だけど、政治には関心がありません。石破さんにしろ安倍さんにしろ政治家の遣ることは読み切れないことが多すぎます。そういう意味では習はあまりにも低俗すぎると思いませんか? これって政治的な発言になりますかぁ?
◎・日大のチアリーダー部の監督の暴言問題がテレビでしきりに取り上げられています。勝つことしか考えていない監督がいかに多いいか、情けなくなります。選手たちの心と身体機能を成長させるのが監督とか指導者の役割です。
◎・勝つとか一番になるとかいうことは、プロの選手に任せなさい! 監督精神の貧困が極めて気になります。かつて私も某中学校で、陸上部の顧問をしたことがあります。その子供が、より速く走るための練習はしましたが、礼儀も教えましたよ。この私でさえ。
◎・我が家の黒猫マヤの仕付けには、同居人さんが1枚噛んでいます。まるで犬のように躾けたのです。「来い」といえばスゴスゴとついてきます。「待て」と言うと慌てて尻尾を巻いて逃げていくか、その場に留まっています。変な猫になりました。
◎・今我が家では「マヤだから仕方がない」と言う言葉です。「猫だから」ではなく、「マヤだから」なのです。分かりやすい言い方です。



ホームページを開いてくださってありがとうございます。
  
 8月も半ばまで来ました。早いものですね。子供たちは、今頃、夏休みの残り時間と宿題の残りを秤にかけて、一喜一憂していると思います。私は、毎年、宿題を片付けるのに苦労していました。夏休みには、どうしてあんなにたくさんの宿題が出たのかなぁ。特に高校生の時の宿題の多さは信じられないほどでした。
 大学生になって宿題が出なくなり、ホッとしました。先日、どこからともなく猫の鳴き声がしました。家の周りを探しのですが、姿は見当たりません。結局、我が家の黒猫マヤが天袋から屋根裏に入ってしまい、出られなくて困っていたらしいということが分かりました。天井に通じる板をずらしてやったら恐る恐る出てきました。どこか抜けている我が家の黒猫マヤです。
 マヤは自分の毛が、真っ黒い毛並みだということを自覚していないと思います。ドアの出入り口に横になっていて、私は時々踏みつけてしまいます。踏みつけると、ものすごいマンガチックな悲鳴を上げます。廊下は暗いからマヤの姿が見えないのです。
 近いうちに内輪の親睦会を行います。多分、老いぼれ始めた私を励ますためだと思います。集まる人たちのご厚意を甘んじて受けているこの頃です。
 どうぞ、暑さも涼しさに負けずにお過ごしください。
                                    高橋良臣


ここは、浜松の会の宣伝です。
※・浜松では、毎月、個人面接と、カウンセリングの勉強会と親の会を行っています。近くへお出での折には、是非、ご参加ください。

毎月第一日曜日は、渋谷でメンタルフレンド研修会です。

 1982年5月から実施しています。引きこもりの人々のために、元祖、および本家としてメンタルフレンドを派遣してきた人間としては、健康が続く限りは継続したいです。当初の教科書は「登校拒否のルーツ」有斐閣新書(絶版)でした。現在は「不登校・ひきこもりのカウンセリング・子どもの心に寄り添う」金子書房を教科書のように使っています。どうぞ、皆様も参加してください。

 下に年間テーマを書きました。

東京メンタルフレンド研修会:2017年4月~2018年3月 午後2時~4時
主催・登校拒否文化医学研究所。
協力・あずさ第一高校(渋谷高等学院)、家庭ケースワーク研究所。

 1982年5月から毎月一回実施している。不登校や引きこもりの人とかかわるための学びの会。山梨、浜松でも行っている。会場はあずさ第一高校からの無償提供。

参加者は、資料作りの関係で前日までに、必ず予約が必要です。
2018年
 2月 4 日 神経症について。
 3月 4日 精神疾患について。


会 場
・JR渋谷駅南西口出る。左手の歩道橋渡り山手線外回り沿いの道を恵比寿方面に直進する。セブンイレブンがある角を右折、最初の角地にある建物、日本経済大学の前の建物。
会 費
・その年度の初回参加時に1000円。
 特別講演会は別途1000円。家族は1500円。大学生・大学院生500円。
常任講師
・高橋良臣・北海道大学獣医学部、日本ルーテル神学大学神学部・神学校組織神学専攻科など卒業・修了。臨床心理士、牧師、獣医師、認定ホースセラピスト。登校拒否文化医学研究所所長。(心の相談室、好文堂教室、生活体験会を運営)。保健所の専門相談、教育委員会の専任指導講師、私立高校スクールカウンセラー。(学)野田鎌田学園監事。(学)愛泉会監事。キリスト教メンタルケアセンター心理相談担当。
 1972年5月から現在まで不登校の子どもとかかわり生活をともにしている。全国に親の会を設立して講師として協力している。ホースセラピスト養成をしている。外国政府の不登校引きこもり対策に協力している。
 メンタルフレンド研修会は、著書の内「不登校・引きこもりのカウンセリング子どもの心に寄り添う」金子書房を参考書にしている。過去の教科書は「登校拒否のルーツ」有斐閣新書・高橋著。
その他の予定講師候補・信頼しあえるカウンセラーを探す会のメンバー。
問合せ、予約・03-3739-1455。 当日のみ080-5653-4059


2017年8月21日月曜日

ご挨拶

 8月も半ばになりましたが、相変わらず暑い日が続いています。食べたものが悪かったのか、時々腹痛になり、なかなか太れません。
 まぁ、太らない方が良いという話しもありますがねぇ~。私の年齢で体重が減少してきたら、癌か寄生虫か伝染病か何かあると思います。太らないし痩せないことが大切なのかもしれません。不思議なんですが、食欲は減退しています。朝ご飯が食べられなくなりました。最近は、スープだけの日もあります。パンも食べられません。嫌いではないのですが、野菜の摂取量が少なすぎると思っています。伴侶でもいれば良いのですが、もうとっくの昔にしなくなってしまい、今更、探すのも面倒になっています。
 あえて言えば、わが家の黒猫マヤが今の良き伴侶かもしれません。あいつには長生きしてもらいたいなぁ。また、書きますね。どうぞお元気で。
                                   高橋良臣

木蓮の花

2014年12月25日木曜日

登文医研たより 956  病態レベルが高い(悪い)不登校について
144-0055大田区仲六郷3-11-6 登校拒否文化医学研究所 高橋良臣 ℡03-3739-1455
takahashi@as.email.ne.jp  HPは研究所名か高橋良臣で検索可能  Fax03-3739-1422
はじめに以下の文章は理解しやすくするために汎用語を用いる。一部差別用語と勘違しないで欲しい。
 「不登校(引きこもり)は病理性がない」と言う条件が入っている。実際に、病理性がない子供(成人も含めて)がいるのだろうか? 病気と言うほどではないにしても、その特性があることで、日常生活に大きな負担を抱え、苦労している人々は多いと思う。
 不登校や引きこもりの人々の中で、登校できなかったり引きこもりの期間が長引いたりする人々の多くは、恒常的に社会参加している人々と比較すると、本人にとっては、どこかに不都合な特性が存在している。
 たとえば、作業がのろいけれど、世間の社会的常識からはそれほど外れてはいない人の場合でも、慢性的に心に負担を感じる人はいる。他にも重圧がかかって、不登校になり、自分ののろさに挫折を感じていたり、のろさの改善が出来なかったりしたら、不登校期間は長引くことになる。のろさは、多くの場合、その子供の生来の性質気質と連動しているから、急にスピーディな状態に改善されるとは限らない。また、ノロマだから日常生活に支障が出ると言う話を聞いた事がない。その人のペースで生活はできているはずだ。
 運動神経が良くない子供の場合も、学校生活はかなり負担の連続になる。不登校をしたからと言って、その子供の運動神経が急に発達するわけではないから、不登校期間は長引く可能性が高くなる。もちろん、運動神経が良くない人が、その問題で日常生活が送れなくなると言う話は聞いた事がない。運動神経の悪さくらいでは病気とは言えない。
 手先が不器用な子供も、様々な場面で目立ってしまう。注目を集める内容が本人の出来が悪い部分となると、同様に不登校に繋がる可能性が高い。前記と同様に不登校をしたからと言っても、不器用さは簡単に改善されるものではないから、不登校期間は長引く可能性が高い。手先が不器用なために、日常生活を送れなくなった人もいない。しかし、学齢期が終わるまでは、家から出てこなくなることは十分にありえる。
 最も気になるのは「口下手」「無口」「寡黙」な人々である。当然、対人関係は少なく、対人関係の伸展もあまり見られない。他者との関係では、相手との親密感を獲得できていない人が多い。不登校になる子供の多くは、このような状態にあるが、口下手や無口や寡黙でも日常生活を送ることはできている。ただし、不登校になったからと言っても口下手や無口や寡黙が改善されるとは限らないから、不登校が長引く可能性は高い。
 行動がのろい、運動神経が悪い、手先が不器用、言葉遣いが少ない、対人関係が少ないなどは、病気とは言い切れないが、不登校や引きこもりとの合わせ業(わざ)によって、限りなく病態性が悪くなってしまう。
 不登校になって学校を休むことで、改善されるとしたら、一過性の疲労やいじめによる痛手程度であろう。疲労は休息により改善される場合が多い。いじめられた子供は、いじめる子供がいない世界では十分な寛ぎと慰めを得られる。
それでも、他の人々と顔合わせしなくなることで、精神的な伸展は遅れがちになるが、病的な状態とは言えない。
仮にこだわりが強い子供なら、他者とかかわらなくなることで、そのこだわりを改善する機会は減少し、さらに強いこだわりとなる。強迫神経症となる可能性も起こってくる。
何らかの恐怖がある場合も、人と会わなくなることで強迫的な状態に陥る可能性が高くなる。不登校になって人々と関わらなくなることで起る反応である。
特定の科目が苦手で不登校になった子供の場合、その科目については後天的な学習障害のような様相を呈する場合もある。しばしば、英語と数学にその傾向が見られる。科目が苦手であると言うよりは、担当教師が苦手と言う事が真実らしい。
1・不登校になると、病態は明確化する。
 我々は、恒常的に他種多彩な複数の人々と出会い、自分の特性の内、社会性に欠けている部分の修正をしながら生活を送っている。修正や気付きや創造性や獲得と言う出来事は、多種多彩な人々との係わり合いで実現する
不登校生活は、前記のように健康的に社会生活を送っている人と比較すると、極めて不健康な生活になる。不登校になった結果、作り出される不健康状態は数限りない。
①・自分が抱えている問題に気付かない。自己洞察力が低下する。②・自己修正がしにくくなる。自分を変えようとせず、他者を変えようとする。③・自分が内包している問題は一層病理性を帯びてくる。閉鎖的な生活により悪循環する。④・彼らの多くは、日常生活を蔑ろにしているから、現実的な創造性に乏しくなる。もちろん創造性の乏しさには気付かない。⑤・不登校になるとほとんどの子供は身体活動をしなくなる。⑥・生理的なリズムが混乱してくるから日常生活が不規則になる。⑦・夜の睡眠がうまく出来なくなり、ズレ睡眠が続く。昼間にうとうと睡眠をする子供もいる。一回の睡眠時間は細切れ状態になり、スッキリした目覚めは期待できなくなる。⑧・外出の機会が極端に減少し、外部の人々への対人回避傾向が強くなる。家庭内においても、父親や社会参加している同胞を回避する傾向が強くなる。⑨・テレビ、マンガ、ゲーム、パソコンに依存した生活になる。人間性が希薄な道具や器具や機械への依存が激しくなりIT依存状態に陥る。⑩・一緒にいる事が多い母親への依存が強くなる。母親を家政婦代わりにしたり、恋人代わりにしたり、ツレ代わりにする傾向がある。⑪・母親依存する子供の多くは、全般的に退行している。⑫・身体の活動は極端に減少し、一気に老化現象の道を辿る。⑬・不登校状態が長引く子供の身体機能のうち、心肺機能は極端に低下する。後期高齢者なみの機能にまで落ち込む。⑭・会話と対人関係も極端に減少し、知的な活動は停滞するか退化する。⑮・まとまった文章を読む力は低下し、文章の読解力は著しく低下する。⑯・彼らの多くは、「勉強に集中できなくなった」「問題に取り組めなくなった」「考えがまとまらなくなった」等々と言って、困惑する。学習性無気力状態に陥る。⑰・精神的な活動も矮小化する。自分の進路や将来にかかわる現実に対する検討を回避している。自分自身の現実的な問題に取り組まず、自分には直接関係ない問題や出来事に対する批判や論評に視点を向ける傾向が強くなる。隣の人に対する気配りや仲間に対する発言などは、ほとんど見られない。⑱・精神的な活動と言えるかどうか、明確には言いがたいが、観念論的な理想論や宗教などには興味や関心を向ける。しかし、その理想論や宗教論が、その子供の精神的な成長に繋がるかどうかは、その子供とかかわる相手次第となる。
おおよそ、以上のような経緯で、不登校状態が長引けば、それだけで何らかの異変が子供の心身には起こる。実際に、不登校になるからには、学校へは行きたくない現実(出来事)が起っていて、精神的な行き詰まりと身体的な息詰まりが起り、全生活において停滞が起っているわけである。それが前記のようなものとして現れる。
子供の場合でも、日常生活で停滞が起れば、その子供の弱い部分や劣化している部分の落ち込みは一層ひどいものになる。成人の場合でも同様だが、使わない機能は一層萎縮する「無用性萎縮」現象が起る。不登校の子供は、対人関係で気を遣うことなく、家庭内で好き勝手をしていたわけだから、対人関係の気遣いはかなり強い無用性萎縮を起こしている可能性がある。外部では一時的に神経を遣って過すことはできても、長期間の気遣いはできない。しまいには、ブチ切れて、家庭内乱暴、家庭内暴力に及ぶ場合が多くなる。
一般的には、不登校に至った負荷(圧迫)の強い出来事(重圧)による反応が肥大化して、全生活領域に悪影響を及ぼしてくる。
不登校児童・生徒、引きこもりの人々の病態レベルは、総合的な経過から見ていかなければ、病績学で言う所の病態が、どうのこうのとは言えないであろう。
2・不登校期間が長くなれば、病態は悪化する。
 不登校生活や引きこもり生活が長引くことで、病理性が露わになってきた子供や人々は、その後にも続く不登校や引きこもりで、その病理性は悪化する傾向がある。
病理性が悪化すれば、不登校も引きこもりも、文部科学省や厚生労働省が言う、「病理性がない状態」からどんどん離れていく。
不登校や引きこもり状態が長引けば「はじめに」の項でも触れたが、神経症(恐怖症も含む)や精神疾患傾向が露わになる。依存症レベルにも到達する子供もいる。
IT機器の普及でIT漬けとなり、子供たちはIT危機に異常に接近してしまう傾向が強くなる。幼稚で単純で社会経験が少ない人ほどIT依存傾向は強くなる。大人なら、アルコール依存や薬物依存や性依存となる状態と酷似している。現実の社会をみると、大人(親)でも子供と同様にIT依存に陥る人々がいる。
「先生、ご飯食べに行ってもいい?」と携帯電話で問合せしてきたのは小学5年生の子供である。「どうしたの?」、「ママがゲームに夢中になっていて、朝からご飯作ってくれないの…」、「それは困ったなぁ…。ママにはチェリーの家に行くと書置きしておいで」と伝えて、我が家で食事を摂った。このママは完全にIT依存で、過去には薬物依存もあった人である。父親は、未だにアルコール依存であり、妻(子供の母親)へのDVもあり、子供の生活をみる親はいなかった。ひどい話だが、そのような家族もある。
この親たちも学齢期には、長期間の不登校傾向があったと言う。話を訊くと知的レベルにも問題を感じたし、対人関係にも伸展はほとんどなく、精神的には極めて幼稚な人たちだった。この親たちは、社会参加もスムーズには出来にくかったと思われる。この親たちに育てられていた子供も、小学3年生から不登校状態にあり、関係者が連携してかかわっている。生活の面倒を見る人は私しかいないから、私の所に支援を求めてきた。
このような観点から、観察していくと、最初から病態レベルが悪い不登校や引きこもりの子供はいないのではないか? 病態レベルの悪さや病理性の悪さは、後発的に関係や環境や状況によって創られているように、私は考えられる。
最初から病理性や病態レベルが悪ければ、その病気は特定されて、医療の治療システムに乗せられるから、けっこう、先読みが出来る。
不登校や引きこもり状態に陥った時、あるいは、その直前までの状態が、健全であれば、なかなか、病理性や病態性は発見されにくく、かかわりに手間取ってしまう場合もある。手間取っている間に、病理性や病態性があからさまになってくる場合もある。
もしかしたら、正常な人であると思われる人々の心の底にも、その病理性や病態性は、表面化しないままに、潜んでいるのかもしれない。
我々の心の底には、本人が知らない病理性や病態性がかなり潜んでいる可能性はある。深層心理家や精神分析家によれば、その可能性は十分にありえることになる。我々は、社会参加して、自己が内包している病理性や病態性を上手に鎮めている可能性もある。
小説家や文学者たちは、そのように人間の精神の奥底に潜んでいる心模様をうまく描写している。我々は、小説や文学を読んだ時に、作者の描写した内容と同じような意識があることに、ふと気が付く場合もある。
不登校や引きこもりになった結果、生活が単純反復状態に陥れば、多くの人々は自分の人間としての機能を持て余すことになる。
自分の機能や能力を持て余していると自覚できる人は、何とかしようとして、心の健康度を維持できるだろう。気がつかない人は、単純反復生活によって、1の項で述べた①から⑱(もっと多くあると思う)に記したように、様々な反応に苦しみ困惑する。
単純反復生活の連続が続くと、人間は抑うつ的な状態に陥るし、強迫的な状態にもなり得ることは、良く知られている(実験心理学の人々の業績)。
不登校や引きこもり生活が、その人の特性を劣化し、社会性を失わせ、精神的なレベルを悪化させることで、病理性や病態レベルの悪化が起る。注意したい。
3・言葉遣いと対人関係の成長
 不登校や引きこもりを長引かせることは、一般的には好ましくない。その子供の不登校や引きこもりになる経緯をみると、その子供にとっては、必要な不登校や引きこもりもある。不登校や引きこもりをすることによって、心の構造の破壊を免れたり、身体的な休息を取ることができたり、自分が所属する社会を冷静に見直す事が出来たり、家族関係の再構築が出来たりする場合も少なからずある。健全な防衛的不登校もあると言うことだ。しかし、その子供の成長にとってプラスになるような不登校は圧倒的に少ない。
 いつも時間に追われた生活をしている私には、しばしば落ち度が浮かび上がってくる。本当はゆとりが必要なのだが、社会拒否でもしない限り、時間的なゆとりはできない。
私は、子供達の食事を最優先しているものの、締め切りが迫った原稿を書いていると、食事のことを忘れてしまう場合がある。お釜のご飯がないのに気付かない場合もあった。いざ、食事にしようとお釜の蓋を開けて愕然としたこともあった。
特に、日程調節では、しばしばダブルブッキングがあり、あとから担当者に修正をお願いする始末である。相手の希望に沿うように過密な日程を組んでしまうからだ。恐らく、不登校や引きこもりになる子供達にも似たような傾向はあったものと思われる。
我々は、身近にいる人々と、いつも言葉を交わしていたい。全てを1人きりで遣りこなしてしまうよりは、身近にいる人々と、言葉を交わしながら共同作業をするように心がけたい。共同作業をするからには、常に言葉かけが必要である。私の場合、私の家にいる大人は私一人である。どうしても1人で作業を片付けてしまう傾向がある。本当は、周囲にいる子供も巻き込んで、言葉を交わしながら家事を遣れば、もっと良いと思っている。
言葉かけは、語彙数が豊かであればあるほど、相手に自分の気持ちを伝えやすくなる。語彙数が多いだけでなく、遣われている言葉の理解や解釈の仕方が豊かでなければ、単なる記号や信号のような味気ない言葉になる。
我々が用いる言葉には情感が含まれている。その情感を伝えるのに多彩で多様な言葉の言い回しができなければならない。多彩で多様な言葉遣いで、自分の気持ちを伝え、相手が遣う言葉をふくよかに理解し解釈が出来れば、対人関係は豊かな方向に伸展する。それが、自己の精神の成長に繋がる。
「はじめに」の項で述べた、口下手、無口、寡黙な人々の場合、彼らの相手理解は、どの程度なのか掴みようもない。どこまで信頼関係ができているのか分らない。こちらは信頼しているつもりなのだが、相手がこちらを信頼しているかどうかが分らない場合、そこには不信感が漂い(滲み)出てくる。
不登校や引きこもりになっていく子供たちの場合、確実に口下手で無口で寡黙な傾向がある。語彙数が少ないわけではない。アスペルガー症候群の子供達のように、対人関係が極端に悪いわけではない。言葉の遣い回しがうまく出来ない。相手から出てきた言葉については、遣われる時と場合によって意味は異なるはずだが、そのように融通がきく理解や解釈が手際よく出来ない。これは、対人関係を豊かに獲得していくためには不利である。
不登校や引きこもりの子供達の言葉に対する理解や解釈は、極めて直線的である。真っ正直であり、素直すぎであり、ゆとりや余裕がない理解や解釈をする。言葉を遣った相手は、不登校や引きこもりの子供の、そのような態度を見て、窮屈さを感じる。内心「気持が通じないなぁ」、「どのように伝えたら分ってもらえるかなぁ」等々と困惑し悩む。
不登校や引きこもりの子供たちは知的には遅れはないと言われている。精神的にも障害はないと言われている。しかし、言葉の遣い回しとか言葉のふくよかな意味とか解釈の経験は極めて乏しい。せっかく周囲の人々と会話の体験をしても、経験として心に積み重ねる事ができていない。体験を経験として心に積み重ねる事が出来ない理由には予期不安や前象徴的不安が強いことに関係していると、私は考えている。
不登校や引きこもりの子供たちは、口下手で無口で寡黙だから、対人関係に、はかばかしい伸展が見られない傾向がある。対人関係の伸展が思わしくないから、言葉を相互に交わす体験が少なかったのだろう。言葉を使う機会が少なければ、言葉の遣り取りから得られる社会的経験の不足が起る。不登校や引きこもりの子供たちが同世代の子供たちと比較して未熟に見えてしまうことは、この様な出来事に由来している(と私は考えている)。
4・不登校や引きこもりの子供の病理性や病態性とは
 彼らの多くは、予期不安や前象徴的不安が日常生活の中で先行している。まだ、起ってもいないことに不安を感じる。形骸化していない不安に苦悩する。ひどい場合には不安神経症のような事態に陥る。小学生低学年の子供なら「ママ、買物に行かないでよッ!」と言って、母親(家族)が日常生活にも困るほど、母親から離れられなくなる。
 食前やトイレ後には手を洗うが、いつまでも手に黴菌が付着していて奇麗にならないような不安があり、何十分でも手洗いを続ける子供もいる(もちろん大人もいる)。恐らく不潔恐怖にもなっているのだろう。こだわりが強すぎる子供にはありがちな不安である。
 誰かに見られていると思う子供とか、人の目が気になる子供も少なくない。彼らの多くは「誰からも変な目で見られたくない」と言う強い思いに支配されている。特別に身近な人々には変な目で見られたくない気持ちは分る。しかし、誰からもとか道ですれ違う人からも変な目で見られるのを嫌がり外出できなくなるのは、病的である。
身近な人であっても、相手がどのように思うか等は、自分の意思でコントロールできない。相手がどう思うかは、相手に任せて置けばよい。相手の気持ちまで自分の思う通りにしたいと言う見当違いをしている子供が不安を強くしている。自分は自分で最良の状態でいる人々が多いはずである。相手がどのように思おうと自分は自分である。
不登校や引きこもりの子供は、恥を絶対にかきたくないと強く意識しすぎている。自分の言動が恥となるかどうかは、自分の意識次第である。自分の間違いや失敗などを目撃した人々は、自分を軽蔑し愚か者であると思うに違いないと強い不安を常に抱いている。
「とにかく早い者勝ち」、「人を押しのけてでも獲得した者が偉い」等々と言う露骨な精神を持っている者にとって、恥などと言う高尚な精神はないに等しい。恥は性成長期に強くなる大人としての基本精神である。日本人に特有な恥は、日本の精神文化であるが、恥が不安と連結すると病的になる。そのような不登校や引きこもりの子供が多い。

日常生活が恒常性を失う場合、一般的には慢性疾患があると考えられている。慢性疾患がある場合、甲状腺ホルモンの一部、副腎皮質ホルモン、成長ホルモンなどの分泌異常が見られる。事実、不安が強い不登校や引きこもりの子供達の過半数にも、そのような病的な内分泌異常はあったが、たいがいは一過性であった(高橋らの調査)。しかし、実際に不登校や引きこもりになる子供達の中には、膠原病や慢性腎疾患や肝疾患にかかっている子供もいた。不登校や引きこもりであっても、病理鑑定は確実に実施してもらいたい。

2014年3月26日水曜日

登文医研たより 954  優しい眼差し、

 「登文医研たより」は、親や教師やメンタルフレンドのために書いているものです。
 日常的に社会参加していない人、当事者は読まない方が良い場合が多々あります。なるべく読まないで下さい。

以下の「登文医研たより」は3月26日朝に更新しました。

2014年3月12日水曜日

登文医研たより 953  欠点ばかりを見つける子供(人)

以下の「登文医研たより」は3月12日朝に更新しました。1日、遅れました。ごめんなさい。

2014年3月1日土曜日

登文医研たより 952 ネット依存の人々

 「登文医研たより」は、親や教師やメンタルフレンドのために書いているものです。
 日常的に社会参加していない人、当事者は読まない方が良い場合が多々あります。なるべく読まないで下さい。


以下の「登文医研たより」は3月1日午前8時過ぎに更新しました。